出産体験談 - 男の子が誕生しました

the SaibaseのTomicciこと富岡(男)です。

1月26日、第一子となる男の子が誕生しました・・・!

おかげさまで、昨年末から仕事が立て込み、出産もあったので本当に恐ろしいほどバタバタしていました。

とにかく時間がなくて、ベジータと一緒に精神と時の部屋で修行した後のトランクスのごとく、髪の毛すげーーー伸びた。

ようやく落ち着いたので、記事を書きます。

子どもが産まれるのって、本当にどんなことか分からないことだらけだったので、自分と同じくよく分かっていない方々に、ちょっとでも参考になる記事が書ければなーと思っています。ツッコミがあれば、連絡よろしくお願いします。

出産に関して知ったことをまとめた「出産基礎知識」に関する記事と、今回の「自分の体験談」の記事、二本立てで紹介します。
※後日「出産基礎知識」に関する記事を書きます。

妊娠発覚

妊娠が分かったのは昨年の6月頃。出産予定日は今年の1月23日でした。

1月23日は自分の母親の誕生日であるとともに、今一緒に仕事をしているI氏の誕生日でもあったことから、なんたる偶然と思うとともに、その日に産まれたらいいなーなんて思っていました。123だし。

実際産まれたのは予定日から3日経過した1月26日。初産は予定日よりも遅れて出産となることが多いようです。1月26日は偉大なギタリストEdward Van Halenの誕生日だったので、これまたなんたる偶然かと思いました。早く息子にライトハンド奏法教えなきゃ。

ちなみに出産予定日っていうのは それぞれの母親で異なる日数になるもんだと思ってました。これ、一律の計算で出すんですね。最終生理日から数えて40週経過後、つまり280日後を出産予定日とするのが一般的なようです。

妊娠が分かった時は飛び上がるほど嬉しい・・・というよりは、正直なところ、自分が親になる実感がなかなか湧かずにいました。あと、正社員ではなくて、フリーで仕事をしているので、この先、大丈夫かなーなどと思ったり思わなかったり(笑)

仕事的には、妻が病院で管理栄養士として働き、俺はフリーでWeb制作などをやっている感じです。2人とも気付けばもう31歳。結婚したのは2年半ほど前。その頃、自分のバンド活動が落ち着かず、仕事も落ち着かずだったけど、子どもはさすがにそろそろかなと思うようになっていました。

妻の産休

妻は昨年の12月12日まで仕事をして、13日から産休に入りました。12月なんて、かなりお腹が大きかったので、こんな直前まで働いていて大丈夫かなーとも思いましたが、世間的に妊婦さん達は結構ギリギリまで頑張っているんですよね。

12月最終週に妻は里帰りし、自分は1月から自宅と妻の実家を往復するような生活となり、泊めさせてもらうことが多くなっていきました。妻のご両親に本当に感謝です。WindowsもMacも持っていって、ちゃんと仕事をしていましたよ。むしろ仕事ばかりしていて、申し訳なかったです。

開発中だったWebサービスも、自分の子どもも、どちらもリリースの時を待ち侘びていたわけです。

どこでもいつでも仕事ができるようになったのは本当にありがたい。お仕事頂いている方々に感謝です。

陣痛のこと、実はよく分かっていなかった

妻の入院の準備や、子どもに必要なものなどの買い出し、そして仕事に追われているうちに、あっという間に時は過ぎ、出産予定日の1月23日を迎えました。

その日は何事もなく平穏に過ぎ去りました。

出産を誘発するということと安産のためになればと思い、仕事の休憩がてら昼間は妻と外に少し出て散歩するようにしていたんですが、その甲斐あってか1月24日23時頃から妻がお腹が痛いと言い出しました。これは陣痛かも・・・!
 

1月24日23時頃

たしかこの日(24日)の昼間、所謂「おしるし」という出血があったと妻から聞きました。なので、もしかすると・・・とは思ってはいたけど、まさか出産予定日の次の日に早くも出産の兆候があるとは思ってもみなかったです。初産だし、出産予定日から4日〜5日くらいは経過するもんだと思い込んでいました。

ところが、24日の23時頃になると、妻がなんだかお腹が痛むと言い出したのです!痛んだり止んだりを繰り返したため、その間隔を計ってと言われ、時計を見ながら様子を見ることに。

痛む感覚を数回計ってみると、15分〜20分に1度くらいの周期のようです。生理痛か、それよりももう少し痛いらしい。今思えば、これが前駆陣痛というやつだったんですね。出産間近の本当の陣痛の準備みたいなものだそうです。

0時を過ぎ、日が変わると、この規則的な痛みはさらに酷くなっていたようで、かなり辛そうでした。。それでも、痛みの合間には何とか動いたりはできていました。

心配で、俺も寝てるんだか起きてるんだかという時間帯を過ごし、4時くらいまで間隔を一緒に計って記録してたんですが、気づいたら寝てしまったみたいです(笑) その間も妻は痛みでほとんど眠れず。

痛みの間隔が10分程度に縮まってきたり、痛さで我慢できなくなったりしたら産婦人科に連絡してくださいと言われているので、痛みの記録を取っておくことは重要でした。iPhoneやAndroidのアプリで、陣痛の時間を記録する、その名も「陣痛時計」なるものが複数あるので、こういうのを使うと便利です。

それにしても、病院の人が言う、痛くて我慢できなかったら連絡くださいって、どのくらい我慢できるのかは、かなり個人差があるだろう。。

1月25日 8時半

朝8時半頃、嫁さんのお腹の痛みは10分くらいの間隔で続いていたので、産婦人科に連絡をしたところ、検診を受けに来てくださいということで病院へ。

そして診察となり、院長の一言。

「子宮口、まだ1.5cmしか開いてないよ。お産っていうのはまだまだこれからもっと痛くなってからだから、早くても今日中に産まれるかどうか。一旦家に帰って様子見て。」

これを聞いて絶望する・・・。てっきり6cmくらいは子宮口が開いているもんだと思っていた(笑) これが10cmくらいまで開いたら、いよいよお産の状態らしいです。

子宮口が広がるのが本当に痛いみたいなんですよね。。男には分からないけど、そばにいてかなり辛い。

嫁さんの実家に一時帰宅。

1月26日 0時半頃

深夜0時半頃になって、痛みがかなり強くなったようなので、さすがに心配で電話した後病院へ。車での移動は、段差で妻に苦痛を与えるので最新の注意を払って、ノロノロ運転です。深夜で田舎なので、後続車がいなくて良かった。

1月26日 1時頃入院

病院に来て子宮収縮数と赤ちゃんの心拍数を計測できるモニターを装着。フィリップス製だったのをよく覚えています。

助産師さんが検診してくれたら、子宮口はようやく3cm開いた状態で、出産となるにはさらに数時間はかかりそうとのこと。

またか。。

一旦帰宅するか入院するか(1日入院するごとに1万円ちょっとかかる)決めてくださいと言われる。

帰っても病院に来るまでの間が心配だったりするし、入院しますと伝え、そのまま陣痛室へ案内されました。陣痛室というのは分娩室に行くまで陣痛に耐える部屋なのですね。ベッドの脇には酸素ボンベが置いてあり、物々しい雰囲気。

妻に付けられたモニターが赤ちゃんの心音と、子宮収縮の音を奏でています・・・。これ、ずーーーっと聞いたので、妻も俺もトラウマになった音。モニターはベルトみたいなものでお腹に巻き付けてあるだけで、それ自体は苦痛を伴う物ではありません。

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モニターには、「子宮収縮回数」と「胎児心拍数」が書かれていて、子宮収縮回数が0の時は妻が割と平気な状態、20以上になると辛い状態のようです。陣痛の痛さの波が来ると数値が上がっていきます。。痛さの波が10分ちょっとで来ていて、かなり痛くなっている時間は1分半〜2分くらいの間でした。

子宮収縮回数の最大値が20でも辛そうだったのに、そのうち60くらいにまで上昇しました。。60とかになると、もうこのまま辛くて泣き出しちゃうんじゃないかと思えました。
※この子宮収縮回数っていうのは機器によって出し方が違うかもしれないし、個人差もあると思うのであくまでも参考程度の数値と考えてください。

もちろん痛さの波が来ている間、妻と会話はできないような状態です。最低値が0とか1桁の時はまさに嵐の中の静けさで、少し落ち着きを取り戻します。

今回お世話になった病院の陣痛室には旦那用のベッドなんて用意はされていないので、置いてあった椅子を2脚くっつけて少しだけ仮眠。

妻は24日の深夜に陣痛が始まってから、痛みで2時間くらいしか寝れてないんじゃなかったかな・・・。

気が付くとそのうち子宮収縮回数が最大値89を記録し、最低でも20前後あり、常にしんどそうな状態に。陣痛のタイミングではかなりうなっていて、このまま気を失うんじゃないかというレベル。俺は飲み物を渡したり(飲む余裕がないので、タイミングを見計らって何とか1口2口飲んでもらった)、腰を押したりすることくらいしかできません。

「ヒッ、フー」→「ヒッ、ヒッ、フー」→「フー、ウン」と呼吸するラマーズ法を妻と一緒にやってみました。「ヒッ、ヒッ、フー」が有名だけど、陣痛のタイミングによって、呼吸法を変えるということを今回知りました。

呼吸に集中すると多少気を紛らわせて落ち着けるみたい。ラマーズさんには本当に感謝です。

胎児心拍数に関しては大体120くらいの値なんですが、陣痛で子宮が収縮する間、155くらいまで急上昇します。モニターから聞こえる心臓の音も大きくなるので結構心配しちゃいますが、赤ちゃんも頑張っているんだなと・・・ただただ無事に早く出てきてくれることを願うばかり。

1月26日 5時15分頃破水

子宮収縮回は最大で60までいかないくらいで、値としては少し落ちてきていたんですが、痛さはむしろ強くなっている様子。こうなってくるとドラゴンボールの戦闘力インフレ状態。デカい痛みの次にはさらにもっとデカい痛みが来て、とめどない、、いつまで耐えればいいんだろうか。

破水すると、感染症になる可能性があるということで、水で抗生物質を何とか飲んでもらう。飲み物を飲むのすら、かなり辛い様子。。

1月26日 10時頃

陣痛室のすぐ隣が分娩室になっていて、ちょうど出産となったママさんがいました。

「痛いー、、痛いよーーーー!絶対に無理、無理っーーーー・・・!」

既にかなりの悲鳴を発していた妻ですが、それよりもさらに大きな声で悲鳴を上げていました。この瞬間は妻も気付いたようで、2人で思わず顔を見合わせてしまいました。。そして、これから今以上に大変な瞬間が来るのかと思い、できることなら出産したことを取り消したいとも一瞬思っちゃいました。

実はこのお隣のママさんは、経産婦さん(出産を経験済)だった方だったみたいで、割とスムーズに産めたようです。

誕生の瞬間は赤ちゃんの産声も陣痛室に聞こえてきて、思わず拍手しました。

1月26日 14時頃

24日23時頃に開始した長い長い戦いを経て、妻が分娩室へと移動しました。俺は立ち会い出産を希望していますが、最後のほうだけ立ち会えるようで、陣痛室から廊下に出て待機となりました。

この後も大変なことが続きました。

陣痛促進剤の投与

廊下で呼ばれるのを待っていた時、医師に呼ばれました。妻の陣痛が弱まってきているということなのです。陣痛の間隔も伸びてしまっているとのことでした。

陣痛が来ているタイミングで子宮が収縮し、母親がいきむことで赤ちゃんが少しずつ降りてきます。いきまないと、また、お腹へと赤ちゃんは戻っていってしまうようなのです。

そのため、陣痛促進剤を投与してもいいかどうか口頭と書面で丁寧に説明を受け、納得できるのであればサインをしてくださいとのことでした。

長時間の出産は母体、胎児ともに危険であること、促進剤の投与が原因で発生する脳性麻痺や死産の確率は通常の分娩で発生するものよりも少ないという点を聞き、また慎重に少しずつ投与するということでした。

分娩室では妻が、そして廊下では自分が促進剤の使用に関してサインをして、妻に点滴で投与してもらうこととなりました。

回旋異常

立ち会いのタイミングを今か今かと待っていて、ついに

「旦那さん。お入り下さい。」

と呼ばれました。中に入り、飲み物をストローで飲ませたり、汗をぬぐったり、うちわであおぐことくらいはさせてもらえました。きっとそんなに時間がかからず産まれるのだろうと思いきや、妻が何度も必死にいきんでいるのに、なかなか赤ちゃんが出てこない・・・!

医師の方が、

「○○先生に連絡しておいて!」

と助産師さんに言っていました。帝王切開の場合は、別の先生(院長)が行うようです。今回の先生は外部の病院からクリニックに来ている方で、専門は麻酔のようでした。

日曜日だったので院長は休みだったため、電話で状況を伝えていたようです。

赤ちゃんが産道の途中でうまく出てこれなくなり、回旋異常となっているとのことでした。

「これが最後のチャンスです。ダメなら手術となります。旦那さんは奥さんの肩を押さえてあげて。」

と医師に言われ、何とかこれで産まれてくるように祈りながら必死に押さえました。ここまで苦労しているのだから、手術をすることなく産まれてきてほしいと思っていました。自力で産む苦しみと、手術の苦しみ両方を経験するのは、かなり辛いです・・・。

最後は、医師、助産師、自分の全部で7人くらいで周りを囲み、さらに助産師さんのうち1人は妻の上に馬乗りになり、赤ちゃんが出る方向にお腹を押す準備をしていました・・・!

医師はでっかい注射を持ってきて(自分の位置からだと使用してる器具ははっきり見える・・・!)麻酔、そして会陰切開の後、鉗子分娩用の器具で、赤ちゃんの出かけている頭をはさみ、引っ張っています。。

会陰切開は、通常出産で夢中で痛くないとか言われてるけど、妻はかなり痛そうだったぞ・・・。今は大したことなかったとか言っていたが。。

そして、最後のチャンス

「せーーーーのっ!!」

で全員で力を合わせたところ、赤ちゃん産まれてくれました!!!

そして、産まれるやいなや、すぐに泣いてくれたーーー!

誕生の喜びよりは、痛さで本当に大変だった妻が可哀想なのと、そこから解放された安堵感から思わず旦那は泣いてしまいました。。

出産を終えて

出産を終え思ったことは、

「案ずるより産むが易し」って言ったやつ誰だーーーー!!

ということです。

無痛分娩を考えていなかったですが、こっちを選ぶべきだったのかもと思いました。15万円くらい出産費用は高くなりますが、出産は人によってそれぞれ全く違うから、本当に何が起きるか分かりません。出産の痛さを知らないと、母親になれないなんていう意見もあるようですが、お腹の中で約280日間も必死に苦労しながら赤ちゃんを育てています。無痛だったから愛情が減るなんていうことはないですよ。

海外だと無痛分娩は普通ですよね?「痛みを我慢して出産するのが当然」という考え方は、なんかなー。

回旋異常で産まれた赤ちゃんの頭はいびつな形

うちの長男も、長時間に及ぶ出産により頭が変形しました。本当に産まれた直後はフリーザの第2形態のようでした。大丈夫かなとかなり心配しましたが、翌日にはだいぶよくなり、この記事を書いている現在ではほとんど気にならない状態になっています。

産まれた直後の写真は掲載していませんが、頭に大きなこぶができていました。


産まれて20分後くらい。産まれた直後のこぶが目立たなくなってきたが、まだ頭は長い。すごく長い・・・!


出産の翌日。頭の形はだいぶよくなってきた。こんなにすぐに頭の形も顔も変わるんだなー。

産まれた後の赤ちゃんの頭の形は心配になるほどいびつなことがありますが、うちの息子のように、心配しなくても治るみたいですよ。
産まれてくる場合に、母体になるべく負担をかけずに出てこようとする赤ちゃん、なんとも親孝行ではないでしょうか。

可愛くて仕方がない

実感もわかず、子どもが産まれたらどうなるかなーと思っていましたが、産まれた後はもう可愛くて可愛くて仕方がありません。


↑産まれて20日後くらい。笑ったように見える顔をすることがある。


↑生後2ヶ月のつい最近の写真。人の顔を見るし、かなり笑うようになってきました。本当に、子育てが報われた感じがするよー・・・!機嫌がいい時は「あ〜」とか「う〜」とか、よく言っています。

これから「終わりなき子育ての旅」を続けていきたいと思います。また記事を書きたいと思います。
長文、乱文でしたが、お読み頂きありがとうございました。

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ABOUTこの記事を書いた人

とみっち

埼玉でザ サイベースを主催しています。Webクリエイター。フリーランス歴7年。飄々と生きています。これでも育児頑張ってます。長野市出身。 @tomicci 詳しいプロフィール【興味】ギター/DTM/Web/車/田舎/旅/酒/育児 自然の音からデスメタルまで聴きます。【運営サイト】 ザ サイベース おと風景